[追記:旧]常用漢字表の男性差別
「海」と「あま」
佐藤道一
これは、漢検準1級合格後、提出して、日本語教育研究所[但し2011年3月末に解散]客員研究員に採用され、若干手を加えて『日本語教育研究9』67-69ページ (財)日本漢字能力検定協会 (2002) に掲載された論文に更に手を加えたものです。 なお、このページの移転前のところはオーストラリア人のブログからリンクされています。追記 私は海士(男のあまをこう表記する)を志して千葉県夷隅郡御宿町に越してきて、在宅で校正・校閲・編集・TeX入力・翻訳[依頼はこちらへ]をしている者として「海」と「あま」を取り上げい。なお海女/海士は寒冷労働なので関心のある方はそちらへお越し願いたい。 「海」の字源については山田(1)が詳しく述べているのでここでは述べない。 「海」の常用漢字表にある音訓は「カイ、うみ」、付表には「あま 海女」と「うなばら 海原」がある。これは男性差別である。海女があるのに海士がない。現在では「看護婦募集」も違法であり、「保母」(以前は男でもそう呼んだ)は「保育士」に改められたのに、常用漢字表は男性差別を続けている。 [追記:2009年4月16日まで意見を募集していた新常用漢字表でも差別を続けていたので、意見を提出したが、こちらで一旦無視された。12月24日までの再度の意見募集に提出し、意見募集における意見の内容一覧に載った。 2010年1月29日の第39回国語分科会漢字小委員会では取り上げられたが、 4月23日の同小委員会の「改定常用漢字表」に関する答申案 (素案)〔2.70 MBで重いので注意〕で認められなかった。 その後、5月19日の国語分科会の「改定常用漢字表」に関する答申案 (案)〔4.96 MBで重いので注意〕でようやく受け入れられ、 6月7日に改定常用漢字表の文化審議会答申〔2.52 MBで重いので注意〕が成された。 11月30日に内閣告示された。] 多くの辞典でも同様の男性差別的記述がされている。 [追記:なお『広辞苑』(5)では第5版 (1998) では男性差別的記述がされているが第6版 (2008) で直された。] なお海人(あま)は通常は漁師の意味に用いる古語・方言であるが、現代語として載せている辞典も珍しくない。沖縄方言では海士のことを海人(うみんちゅ)と呼ぶ。なお本来の漢語としては「海人」は漁師のことだが「海女」は海神の娘のことである。 表外の音はないようであるが、表外訓として、現在は普通使われないが、「あま」「わた」がある。いずれも海のことである。「あま(海)」が「うみ」から来たという説もあるが、『日本国語大辞典』(2)によると諸説ある中の1つであり、「あま(海女・海士・海人)」についても「あまびと(海人)の下略」「あま(海)の転」やその他の説がある。 初出と目されるものについて論じる。 額田(3)によると、中国の文献で、日本の現在でいう海女・海士についての記述としては、『魏志倭人伝』(268?)に、「《虫偏に豪》蜑」「水人」「海人」がある。 『古事記』(712)には、『日本国語大辞典』によると、「神風(かむかぜ)の伊勢の宇美(ウミ)の」「鳰(にお)鳥の淡海(あふみ)の宇美(ウミ)〔現在の琵琶湖―引用者註、以下、亀甲内は同じ〕に潜(かづ)きせなわ」「故、諺に曰はく『海人〔現在の漁師〕乎、因己物而泣(あまなれやおのか〔これは「が」〕ものからねなく)』といふ」「大魚(おふを)よし鮪(しび)つく阿麻(アマ)〔現在の漁師〕よ」とあり、額田によると海女(海士?)の意味で「加豆岐」があるという。 『日本書紀』(720)には、『日本国語大辞典』によると、前田本訓で「夫れ海(ワタ)の表の諸蕃」「故諺に曰はく『有海人〔現在の漁師〕耶(アマナレヤ)、因己物以泣(オノカモノカラネナク)』といふは、其れ是の縁(ことのもと)なり」とあり、額田によると海士の意味で「男狭磯」があるという。 『万葉集』(759)には、『日本国語大辞典』によると、「津の国の宇美(ウミ)の渚(なぎさ)に舟装ひ立し出も時に母(あも)が目もがも〈丈部足人〉」「皇(おほきみ)は神にし坐せば真木の立つ荒山中に海(うみ)〔大きな沼や湖〕をなすとも〈柿本人麻呂〉」がある。『故事・俗信 ことわざ大辞典』(4)によると、「海〔うみ〕行(ゆ)かば水漬(みづ)く屍(かばね)……〈大伴家持〉」がある。『万葉集』での海女・海士の記述としては額田によると「海人、海女、潜女、海子、海未通女、白水郎、海処女」があるという。「海女」が現れるのは「潮干(しほかれ)の三津の海女のくぐつ持ち玉藻刈るらむいざ行きて見む〈角麻呂〉」であるが、読み方は、『日本国語大辞典』では「あま」とした上で「あまめ」という説もあるとしてあり、『広辞苑』(5)ではその逆である。 荒尾(6)によると「『白水郎』は『あま』の用字として『海人・海部』とともに〔『万葉集』で〕よく使われているものですが、今日の『海女』は少なくとも『万葉集』にはありません」という。 この次に「海女」が現れたとされているのは額田によると『朝鮮史書』(1626)である。なお「海士」は『枕草子』(1000)が最初とされている。ここでは海女はかなで「あま」と表記されている。その部分は「海はなほいとゆゆしと思ふに、まいてあまのかづきしに入るは憂きわざなり。……男だにせましかば、さてもありぬべきを、女はなほおぼろげの心ならじ」である。 なお海を「あま」と読ませた物としては『日本国語大辞典』によると、『名語記』(1268)の「海にあまのよみある故はあはむらの反。海上のしほあひは淡のむらたつ也」がある。もっとも語源はあくまで説である。 参考文献 (1) 山田卓世「碧き (2) 『日本国語大辞典』(縮刷版) 小学館 (1979-1981) (3) 額田年『海女―その生活とからだ』鐘浦書房 (1961)[再録―谷川健一編『日本民俗文化資料集成 第四巻 海女と海士』99-189ページ 三一書房 (1990)] (4) 『故事・俗信 ことわざ大辞典』小学館 (1982) (5) 新村出編『広辞苑』第5版 岩波書店 (1998) [追記:同第6版 (2008)] (6) 荒尾禎秀『漢字マラソン4 熟字訓と当て字・国字』(通信講座テキスト、但し現在廃講) アルク (1994). |