比例代表制選挙におけるブロック別ドント式は大政党に有利か

佐藤道一

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 これは,学会発表
 政治
 比例代表制選挙におけるブロック別ドント式は大政党に有利か.日本統計学会 (1997) 

の概要に基づきます.詳細は

 佐藤道一.比例代表制選挙におけるブロック別ドント式についての非確率論的及び確率論的考察 (Non-probabilistic and probabilistic approaches to the d'Hondt system of proportional representation with blocs). 数理解析研究所講究録 1055 (1998) 12-44.  

を参照願います.


1. はじめに
 1996年10月20日に行われた衆議院選挙で,比例区が全国単位で実施されていたとしたら結果はどうなっていたかを22日の朝日新聞,東京新聞上で試算されている.その結果によると,ブロック分割のために大政党に有利になり,小政党に不利になっている.このことは他の選挙のデータを用いて西平 (1981, 1990) も指摘している.しかしこのことは一般には成り立たない.簡単な反例は以下の通りである. 2 つのブロック B(1),B(2) があり,各ブロック毎に 4 人選ぶとする. 4 つの政党 P1, P2, P3, P4 が立候補していて,B(1) ブロックではそれぞれ 9 票,8 票,7 票,5 票得て,B(2) ブロックでもそれぞれ同数の票を得たとする.このときブロック別の合計では各党 2 議席ずつ得られるが,全国単位ではそれぞれ 3 議席,2 議席,2 議席, 1 議席得られることになり,ブロック分割のために小政党に有利になる.
 更に,実際のデータを改竄し,自民党の得票数は各ブロックで (実際)<(改竄),新進党,民主党,共産党,社民党は各ブロックで (実際)≧(改竄),新社会党,さきがけ,自由連合はブロック計で (実際)>(改竄) とし,民改連は立候補していないとしているにも関わらず,自民党は全国単位にするとブロック別の場合に比べて 8 議席増え,新進党は 2 議席減り,民主党,共産党,社民党,新社会党,さきがけ,自由連合はそれぞれ 1 議席ずつ減る例を作ることもできる.

2. 非確率論的考察
 まず選挙区を固定して非確率論的に考察する.ブロックを固定し,議員定数を S とし,ドント式による議席数を考える. n 個の政党 P1, …, Pn が立候補しているとし,Pj 党の得票数を vj とする.V := Σj=1 n  vj (≠0 と仮定),pj := vj /V とする.ドント式による Pj 党の議席数を sj で表す.任意の a に対して整数 [a], [a]* を [a]≦a<[a]+1, [a]*a≦ [a]*+1 で定義する.すると 0<pj<1 であれば
   [(S+1)pj]*sj ≦ min { [(Sn−1)pj], S }
が成り立つ.この評価は S, n, pj (j は固定) のみの関数で pi (ij) に依らないものを考える限りは最良である.この不等式より,ブロック毎での得票率の均衡を仮定すると,1 議席得られるかどうかだけを問題にする限りはブロック分割で有利にはならないことが示される.しかし,実際のデータでブロック分割によって自民党,新進党,民主党に有利になったことは上の不等式によっては説明できない.新社会党,さきがけ,自由連合(等号を許せば社民党も)に不利になったことは説明できるが,共産党に不利になったことは説明できない.なお, G ⊂ {1, 2, …, n } に対して,pG := ΣjG pjsG := ΣjG sjg := #G とすると,0<pj<1 であれば
   max [(Sg )pG ]* +1−g, 0 } ≦ sG ≦ min {[(Sng )pG ], S }
が成り立つ.この評価は S, n, g, pG のみの関数で pj には pG を通してしか依存しないものを考える限りは最良である.また,いくつかの政党が合併したときそれで支持が落ちなければ議席が減ることはないことは今までに厳密な証明抜きに指摘されてはいるが,煩雑な場合分けにより示すことができる.

3. 確率論的考察
 次に確率論的に考察する.ここでは vj , pj , sj は確率変数 vj〜  , pj〜  , sj〜  の実現値と解釈する.実はこの議論は数理統計学における哲学的な問題に関わってくる.pj〜  は小さな変化しかしない,すなわち, pj〜 pj* := E (pj〜  ) ,しかし小さすぎはしないと仮定する.ここで pj* は未知母数である.εj := sj〜 Spj〜  (ドント式議席数の完全な比例代表との絶対誤差), εj* := E (εj ) とする.このとき,適当な仮定の下で,小さすぎる政党(雑に言うと議席を得る可能性のない政党)以外に対しては
   εj* ≒ (m** −1}pj* /2 − (1−pj**) /2
となる.但し,m**, pj** は n , pj* に対して小さすぎる政党の補正に対して小さすぎる政党の補正を施したものである.特に補正の必要がない場合は,εj* ≒ (npj* −1) /2 である.更にブロック毎での得票率の均衡を仮定すると,b ブロックに分割することにより絶対誤差の期待値を約 b 倍にすることになる.(もっともこの仮定は話を単純にするためであり,実際には強すぎる.)従って,ドント式は全国単位であっても完全な比例代表と比較して期待値の点で大政党に有利である(しかし n ≪ S であれば相対誤差は小さい)が,ブロック分割がそれに輪をかけていることがわかる.上の式(補正付き)で pj* を pj で推定するなどの措置を執れば,実際に有利(不利)になった党は期待値の推定値でも有利 (不利)なことがわかる.


参考文献
西平重喜 比例代表制――国際比較にもとづく提案,中央公論社 (1981)
西平重喜 統計でみた選挙のしくみ,講談社 (1990)

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