刑法改正の数学教育史的意味について

(Significance of the Amendment of the Japanese Criminal Law in History of Mathematical Education)

佐藤道一 (Michikazu Sato)

「厚着教養は人権侵害」という弁護士の方、歓迎

 要約 平成7年の刑法改正により、以前 De Morgan の法則を間違えていたところが直されている。これは数学教育史上重要な意味をもち、論理教育の重要性を示唆している。

 ド・モルガン、ドモルガン
 これは、

    日本数学教育学会誌 78 No. 5 (1996) News Letter 3 

に掲載されたものを、読者が数学教育関係者と限らないことを考慮して手を加えたものです。なおこのページはこちらで紹介されています。


 平成7年 (1995年) に刑法が改正され、口語化されているが、実はこの改正は数学教育史上重要な意味をもつものであることを以下で指摘する。

刑法 明治40年 (1907年) 4月24日 法律第45号 ここで述べる改正 平成7年 (1995年) 5月12日 法律第91号
 
(現住建造物等放火)
第108条 放火して、現に人が住居に使用し又は現に人がいる建造物、汽車、電車、艦船又は鉱坑を焼損した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。
 
(非現住建造物等放火)
第109条 放火して、現に人が住居に使用せず、かつ、現に人がいない建造物、艦船又は鉱坑を焼損した者は、二年以上の有期懲役に処する。(第2項略)

旧規定
第108条 火ヲ放テ現ニ人ノ住居ニ使用シ又ハ人ノ現存スル建造物、汽車、電車、艦船若クハ鉱坑ヲ焼燬シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ五年以上ノ懲役ニ処ス
第109条 火ヲ放テ現ニ人ノ住居ニ使用セス又ハ人ノ現存セサル建造物、艦船若クハ鉱坑ヲ焼燬シタル者ハ二年以上ノ有期懲役ニ処ス(第2項略)

 上を読めばわかるように、旧規定では De Morgan (1806-1871) の法則

   「 p または q 」の否定は「 p でない、かつ、q でない」
   「 p かつ q 」の否定は「 p でない、または、q でない」

を間違えているが、今回の改正で直されている。しかし刑法制定当時の数学教育では論理を教えていないのだからこれはむしろ当然の間違いである。高等学校学習指導要領で論理・集合について初めて触れられるのが昭和35年 (1960年) であり、分野として初めて登場するのが昭和45年 (1970年) である。なお数学教育の変遷に関しては

   『改訂増補 新数学事典』大阪書籍 (1991)
     (その部分は)本田益夫 著 pp. 843-884 増補 pp. 48-51

に詳しく書かれている。旧規定の間違いについては

   植松正 著『刑法教室 公益犯罪編』大蔵省印刷局 (1953) pp. 116-117
   植松正 著『刑法教室2 各論 改訂版』大蔵省印刷局 (1960) p. 118

で指摘されており、「ほかにこの間違を指摘した人があるかどうか知らない」とも書かれており、

   植松正 著『刑法概論II 各論 再訂版』勁草書房 (1961) p. 90
   植松正 著『刑法概論II 各論 第7版(全訂版)』勁草書房 (1973) p. 102

では109条で「この『又ハ』は正確には『且ツ』とすべきであった。もし、『又ハ』をその文言通り形式論理的に解釈すると、……。しかし、真意はそうでなく、……」(下線は引用者)と書かれているが、数学教育上の問題であることは書かれていない。幸いにして今の場合「 p または q 」の否定命題を間違えているのであり、しかも


刑法 
 
(一個の行為が二個以上の罪名に触れる場合等の処理)
第54条 一個の行為が二個以上の罪名に触れ、又は犯罪の手段若しくは結果である行為が他の罪名に触れるときは、その最も重い刑により処断する。(第2項略)

旧規定
第54条 一個ノ行為ニシテ数個ノ罪名ニ触レ又ハ犯罪ノ手段若クハ結果タル行為ニシテ他ノ罪名ニ触ルルトキハ其最モ重キ刑ヲ以テ処断ス(第2項略)

という規定があるので、何の実害も生じるわけではないが、もし「 p かつ q 」の否定命題を間違えていたら法の網をくぐることが可能になる。このことは論理教育の重要性を示唆している。

追記 なお刑法215条は現在(2013年)も間違えたままである。


「厚着教養は人権侵害」という弁護士の方、歓迎

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